投稿者「mokuzo_architect」のアーカイブ

電柱がなくなる日は近い?

昨日(12/18・日曜日)の日経新聞の朝刊に、

【 ホンダ、太陽電池に参入~住宅用2-3割安く 】

という記事がありました。
現在主流の太陽電池は、『多結晶シリコン型』と呼ばれる方式ですが、
ホンダは、より低コストで生産できる『非シリコン型』という方式の電池を生産することで、太陽電池業界に参入しようということのようです。

ちなみに、ホンダが採用しようとしている住宅用の太陽電池の場合、少しエネルギー変換効率は落ちるようですが、イニシャルコストが2-3割安く抑えられるというメリットがあるようです。

太陽電池や風力発電はこれから主力となっていくエネルギーの一つでしょうね。
しかし、これを爆発的に後押ししそうな技術が、近い将来製品化されるかもしれません。

それは、スーパーキャパシタというバッテリーです。

これで住宅用電源供給にかなう容量のバッテリーが商品化されると、日本から電柱が消えるでしょう。

ちなみに現在は、太陽電池で発電した電気をそのまま住宅で使うということは技術的にできません。
というのも、生産した電気を貯めておくことができないからです。

もう少し平たく言うと、電気を貯めておくための、
『安くて × 効率のいい × 長寿命の』バッテリーがないからです。

あなたは車のバッテリーが何年くらいで寿命を迎えるかご存知ですか?
そうです、通常2~3年で車のバッテリーは交換しますよね?

現在のバッテリーはそれだけ寿命が短いのです。

ちなみに、プリウスなどの最新鋭のハイブリッドカーも、2~3年に一度、バッテリー交換のためにかなり高額(数十万円)で特殊なバッテリー交換を必要としているそうです。

太陽電池を載せた住宅は、当然のことながら、昼間発電します。

しかし、電力を一番必要とするのは、夜間です。
当然、太陽電池は夜間に発電できません。

そこでどうするか?
選択肢は2つです。

 選択肢 その1) 昼間発電した電気を貯めておき、夜使う
            → バッテリーが必要

 選択肢 その2) 昼間は発電した電気を電力会社に売り(売電)、
            夜間は、電力会社からお金を払って電気を買う(買電)
            → バッテリーは不要。
              でも電気会社との契約と電線が必要

現在、まだ一般住宅向けの高性能で、格安で、長寿命なバッテリーは販売されていませんので、ほとんど全ての太陽電池を積んだ住宅は、電力会社と契約をして、売電しているのが実情です。

ですから、電柱や電線は欠かせません。

ところが、ここに高性能で長寿命なバッテリーが普及したらどうなると思いますか?

まず、電気エネルギーが自給自足できるようになりますから、電力会社との契約は必要なくなります。
電気の基本料金も払わなくていい。
原油が高騰しても電気代が上がったりすることもないし、月々の電気代もかからなくなります。
原子力発電所は全く必要なくなり、放射能汚染の危険性もなくなります。

そうして、電気会社と契約する人はドンドン減っていきます。
すると、電柱が無用の長物と化していきます。

そうなったら、電力会社はきっと電気料金の値下げをしてくるでしょう。
なぜなら、そうしなければ市場原理に合わなくなり、淘汰されてしまうからです。

しかし最終的には、やはり電力会社は規模が縮小されていくことは避けられない状況だろうと予測します。

と、ここまでは予測が立てられますが、この先は、正直未知数です。

しかし、将来電柱が無くなっていく方向にあることと、電気料金が下がっていく方向にあることは間違いないでしょう。

これは、非常にいい傾向だと思います。

ちなみに、今日ご紹介したバッテリー(スーパーキャパシタ)ですが、2005年の夏にミュージシャンの坂本龍一氏がこのバッテリーと自然エネルギーだけに頼った発電システムを使って、コンサートツアーを敢行しました。

今後注目していたい技術です。

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世界に、300年先も美しい風景を

このところバタバタしていて、すっかり更新をサボってしまいました。
楽しみにいつも来てくださっているみなさん、ごめんなさい。
また、ボチボチ書いていきますので、どうぞよろしく。

今さらですが、映画 『たそがれ清兵衛』 を観ました。

よかったですね。
うまく表現できませんが。

何というか、【 間 】が良かったです。
ローアングルなカメラワークも良かったし、
何よりもやはり、真田広之と宮沢りえの演技がじわ~っときました。
↑僕は、宮沢りえ大好きなんです・・・(笑)。

原作(藤沢周平氏)は読んでいないのですが、最後のしめかたもとても良かったです。
本当の幸せとは何か?というこの映画のテーマが、ストレートに伝わってきました。
観ていない方は、一度ご覧下さい。

映画の中の建築も美しかったですよ。

囲炉裏端で火を前にして家族と話すシーンや、
こんもりしたかやぶき屋根の家、
玄関の式台に腰掛けている清兵衛(真田)と、取次ぎ(←今で言う玄関ホール)の間にきちんと座って話す朋江(宮沢)を引き立てる、舞良戸(まいらど)や障子、衝立などで構成される空間など。

僕には、どうしても自分で建てたい家が一つだけあります。

それは、寄棟(よせむね)の茅葺屋根を持った、平屋で30坪くらいの家。
材料をとことん吟味して、どっしりとした構造材を使い、渋~い家を建てたいのです。

自分で本当に納得のいくものをつくり上げるのには、まだまだ修行が足りないようです。
きっとこの夢をかなえるのは、まだまだ大分先になるでしょうね(笑)。

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世界に、300年先も美しい風景を

古民家は誰のもの?

今、兵庫県佐用町平福という町で、築250年経過している町家を調査しています。
平福は昔の因幡街道の宿場町で、夢前川(ゆめさきがわ)沿いに
土壁塗りの土蔵が立ち並ぶ美しいまちなみが有名なところです。

「できればなんとかこの家を残したいのだが、どうだろう?
 構造的に、もつだろうか?」

というクライアントのご要望に応えるべく、建物全体の調査をしているというわけです。
この家のオーナーは、とある事情でずっと以前に関東へ移り住んでしまい、もう長い間空家になったままです。

空家になると家の傷みはドンドン進行するのですが、ご多分に漏れず、正直言ってこの家もかなりひどい状態です。
再生に耐えうるかどうかは微妙な情勢です。
11月に3回にわたって現場で様々な調査を詳細に行い、現在はそのデータをまとめているところです。

その第3回目の調査を今週の火曜日に行ったのですが、その時にとても印象深い出来事がありました。

その日は、一番肝心な柱の足元(柱が地面と接している根元の部分)が腐ったり虫に喰われたりしていないかどうかを調べるために、朝からまず職人さんに現場へ来てもらって、床組みの解体・撤去を行っていました。

床下に隠れて見えなくなってしまっている部分を見るためです。
もしここが傷んでいると、もう再生は難しくなってきますから、一番重要な部分です。

畳をめくり上げ、床板を外し、根太や大引(おおびき)といった床組みの構造材をガンガン解体している時でした。
あるおじいさん(70~80歳くらいに見えました)が、ふらふら~っと家の中に入ってきて、なにやら僕らのグループの一人に話し掛けているのです。

興味本位で工事を見に来て世間話をする人は結構いるので、そんなひとの内の一人だろうと思い、僕は自分の作業に没頭していました。
しばらくすると、そのおじいさんは帰っていき、職人さんによる床組み解体の作業も終わり、僕の調査も終わりました。

すると、先ほどおじいさんと話をしていたU氏がそのおじいさんとのやり取りを話してくれました。

おじいさん:「あんたたち、何をしているのかね?」

 U 氏  :「今、この家の調査をしているんですよ」

おじいさん:「この家は潰されてしまうのかい?」

 U 氏  :「いえ、まだわかりませんが、できれば何とか残したいと思い、
        それが可能かどうか、調査をしているところです」

おじいさん:「そうかい。それでちょっと安心したよ。
        実はワシはこの近くに住んでいる者じゃが、ワシは小さい頃
        この家でしょっちゅう遊ばせてもらったことがあるんじゃ。
        今は荒れ果てているが、昔はキレイで立派ないい家だったんや。
        それで今、前を通りかかったら、畳を運び出したり床を解体して
        いるのが見えたから、もしかしてこの家を潰してしまうんじゃないか
        と思い、心配になって覗いてみたんじゃ。
        確かに今はいろんなところが傷んだり腐ったりしてしまっているが、
        何とか残してもらえるといいなぁ・・・。」

そのおじいさんは、そんなやりとりを残して帰っていったそうなのです。

この家は確かにオーナーの所有物なので、解体するのも再生するのもオーナーの意思一つです。
そして、維持していくためには多額のお金がかかり、自治体も補助してはくれません。
その金額は数千万円(家が1軒建つ金額)です。
ですから、気持ちとしてはなんとか残したいと言っても、住む予定も無い家にそれだけの投資をするというのは、オーナーにとっても非常に苦しい決断だということはよくわかります。

しかし、同時にこの町に住んでいるたくさんの人の人生に何かしらの形で関わってきたという意味では、もうすでに一人だけの財産とは言い切れない存在になってきてしまっているのです。
過去250年という町の歴史を、いつも変わらずに黙って見守ってきた、貴重な存在なんだということをひしひしと感じ、何とか残してあげたいという気持ちがより強くなりました。

最終的な結論は、来週現地でこの民家のオーナーに調査報告を行った上で、オーナーが判断されることになります。

 

 

 

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ボランティア活動を通じて得られるもの

僕は、特定非営利活動法人・日本民家再生リサイクル協会の理事を務めさせてもらっています。

 

今となっては正直に言ってしまいますが(笑)、当初僕がこの協会に入ろうと考えた動機は、

「もしかしたらこの協会を通じて、仕事(建築設計)の依頼が来るかも♪」

という、ヒジョ-に不純な動機からでした(←ゴメンナサイ)。
そうしていろんなボランティア活動に携わっているうちに、そうそうウマイ話があるわけもなく、これは仕事にはならないとよく判りました。
つまり、淡い虚無感が生まれてきたのです。

しかしその一方で、次々に生まれてきたものもあります。
それは

『た~くさんのトモダチ』

です。



僕の年賀状の枚数は年々増えつづける一方なのですが、ボランティア活動に携わり始めてから、毎年3種類の年賀状を作っています。

 1 家族、親族、ごくごく親しい古くからの友人向け
 2 ビジネスの取引先向け
 3 ボランティア活動を通じて知り合った友人向け

の3種類です。
ビジネスの取引先向けの年賀状はあまり増えない(←ダメじゃん?)のですが、3番目のボランティア活動を通じて知り合った友人向けの年賀状が、すごいペースで増えつづけています。

先週末金沢へ行ったのも、上記協会主催のイベント・民家フォーラムに参加するためでしたが、もう少し正確に言うと、

  「フォーラムに参加するため」

ではなく、

  「フォーラムに伴って開催される、懇親会(=飲み会)に参加するため」

というのが、偽らざるキモチです。
何せ、全国各地から当協会の活動に参加している方々が一同に会するわけですから、やっぱり普段なかなか会えない人たちと酒を酌み交わして、いろんな話をしたいわけですよ。
そこで今回も、懇親会会場を縦横無尽にお酌してまわって親交を深めてきたわけですが、僕がボランティアを通じて得ている最大の財産は、やはり

「トモダチ」

です。

特に僕のように、生まれてこの方十数回にわたる引越しをして、全国各地を流転している(と言っても、別に夜逃げしているわけではありませんよ)ような人間にとっては、トモダチが一番大切な財産であり、心の支えなのです。

 

特定非営利活動法人・日本民家再生リサイクル協会のサイトはこちら

 

 

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【民家】を通じて日本の歴史が見えるようになる

住まいを4寸で

最近読んだ本の紹介です。
『住まいを四寸角で考える』 安藤邦廣 著

本のタイトルを一見すると、著者による設計技術論的な内容か?とイメージしがちですが、そのような内容はごく一部に過ぎません。
むしろ、これからの地球環境を「民家」という視点から紐解いて考える緒となる重要な知恵を授けてくれる本だと、僕は強く感じました。

この本には、日本の豊かな森林資源に根ざしたこれまでの住文化の歴史の変遷が、俯瞰した視点からまとめられていて、とても深い示唆に富んでいます。
そのことを著者はわかりやすいエピソードで紹介して下さっていますので、ここで少しご紹介します。

○ 古来(~15世紀)戦災が多かった西日本では森林資源が枯渇したため、土壁の民家や焼き物の器に代表される土の文化が発展したのに対し、
東日本では戦災が比較的少なかったため、豊かな森林資源に支えられて板壁の民家と木地の塗り器が一般的であったという話。

○ 実は食物として、樹木は優れた建築用材として縄文以来長年にわたって用いられてきた栗の木が、明治以降の鉄道施設によって枕木として大量に伐採されたために日本の住文化の表舞台から姿を消してしまった話など。

こうした歴史的な俯瞰に基づいて、著者は

「都市部への民家の移築再生を安易に進めてはいけない」

という警鐘も鳴らしています。
それはこれまでに長年かけて培われてきた、地域固有の文化の消滅を助長すると同時に、地方経済のこれからの永続的な発展にも決して寄与しないという観点からです。

僕もこの本に触れてから、民家の変遷を日本の歴史と並列して捉えられるようになり、おかげで民家再生という行為を今までより一段高い視点から俯瞰できるようになった気がします。
オススメの一冊です。

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金沢21世紀美術館

金沢紀行その2です。

成巽閣へ行った後、金沢21世紀美術館へ行きました。

当初の目的は建物をみることで、建物自体はこんな感じでした。
(僕が美術館へ着いたときには、すでにあたりは暗くなりかけ&次の約束までの時間が差し迫っていたので、建物の写真はほとんど撮れませんでした)

この建物は、SANAA/妹島和代+西沢立衛という建築家ユニットの設計による、最先端の現代建築です。
彼らの設計した建物は今まで実物を(本などの写真でしか)見たことがなかったので、
「実物はどうやねん」
と、非常に楽しみにしていました。

楽しみにしていた建築は、なんというか雑誌に載っている写真のイメージ通りでした。
見た目のデザインがどうこう、というよりも、空間やコンセプトの構築に彼らの独自性が遺憾なく発揮されている、魅力的な建物だなぁ、というのが僕の感想です。
いろいろ触発された部分はありますが、自分なりにはまだ消化できていませんね。
これからじっくり自分と向き合って考えていこうと思いました。

ただ一点。
僕は建物を観るときに、必ずトイレを注目して見るようにしている(←ある種の職業病)のですが、この美術館に関しては、トイレはすごくフツーでした。
ちょっと残念です。

さてこの美術館では、建物よりも展示作品に感じるところが大でした。
正直、展示作品に対する予備知識は0(ゼロ)だったので、より一層楽しめたのかもしれません。

入館料は高かった(¥1200-)のですが、様々な現代美術作家(多くは若手)の多様な表現に触れて、自分の頭もいくぶん柔らかくしてもらったような気がします。
今回の作品は、絵画などの平面的な作品はほとんどなくて、個々の展示空間に合わせて作家が自分の作品を製作していったのでは?と感じるような立体作品がほとんどで、とてもいい時間を過ごせました。


こんなことをツラツラと書いていても、きっとこれを読んで下さっているあなたには、全く何がなんだかよくわからん、ということなんでしょうね。
すみません。
全くふがいない限りです。

ただ、この美術館は一見の価値があります。
金沢に行かれたら、ぜひ訪れてみてください。
新しい美術館のカタチ(建物・展示作品・手法などすべてひっくるめて)を感じることができると思います。

今回金沢へ一緒に行った僕の友人達も、みな一様に満足していましたので、客観的に見ても一定以上の評価は得られていると思います。

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昔の人が建築に込めた思い~金沢・成巽閣にて

この週末、金沢へ行ってきました。

 

NPO法人・日本民家再生リサイクル協会主催の、民家フォーラム2005に参加するためです。

いろいろと感じることが多かったので何回かに分けて金沢でのことをご報告するつもりですが、とりあえず今日は、金沢に着いてまず一番に訪れた成巽閣(せいそんかく)という建物を見学した際に感じたことについて書いてみます。

 

 

成巽閣は1863年(江戸時代末期)に加賀藩・前田家13代当主が、彼の母12代奥方のために建てた奥方御殿です。

成巽閣では、現地の学芸員の方に解説をお願いしたおかげで、じっくり堪能できました。

(吉竹さん、どうもありがとうございました)

 

 

まず、奥方(女性)のために建てたため、建物の随所に施されているデザインが女性好みの柔らかなものでした。

例えば、お城の謁見の間などで権威を象徴する際には、松や虎など力強く豪華なものがモチーフとされるのに対し、成巽閣の襖・障子の腰板などに描かれていたのは、タンポポやすみれ、ちょうちょ、小鳥などの柔らかいイメージのものという具合です。

 

そして部屋の名前も、鮎の廊下、貝の廊下、亀の間、蝶の間などの名前がつけられており、建築主への温かな配慮をもって設計に取り組んだ、当時のデザイナーの粋な計らいを感じ取ることができました。

 

 

おそらく、今回の見学にあたってこういった説明を学芸員の吉竹さんがして下さらなかったら、建物の本当の価値や建築に携わった現場のみなさんの思い入れを、ここまで感じ取ることはできなかっただろうと思います。

(誤解のないように申し上げておくと、もちろん僕もプロの木造建築家ですから、どれだけ技巧を凝らして建物の造作がなされているのか?という技術的なことは読み取ることができます)

 

 

 

もしも説明を受けずに見学した場合、

「なんかすごく贅沢にお金をかけた建物だなぁ。つくった職人さんはきっと大変だっただろうなぁ。」

というレベルで見学を終えてしまったことでしょう。

 

 

つまり。

今回僕が何を言いたいか?というと、こういう(↓)ことです。

 

 

 

建物の価値というのは、使われている材料や、施されている細工の技術的な価値だけで決まるものではなく、そこに込めた製作者(建築主・施工者・設計者)の思い入れがとても大切だ、ということです。

 

一言で言うと、それは(建物の)コンセプトであり、(建物の)プログラムとも呼ばれるものです。

このコンセプト(またはプログラム)に基づいて設計がなされ、建物に課せられた目的に添ったデザイン、材料の選定などが行われていきます。

そして、建築主・施工者・設計者の3者が、まさに三位一体となって初めて、素晴らしいものができあがります。

 

僕はこれこそが建築の醍醐味だと思います。

一人だけの力でできることは、はっきり言ってたかが知れています。

やはりみんなで力を合わせて1つのものをつくり上げようと知恵を絞って考えて努力するからこそ、人の心を打つものができるのではないでしょうか。

 

 

 

あなたはどう思いますか?

もし何か感じることなどがありましたら、ぜひコメントを書いてみてください。

 

 

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木造でつくっておけばよかったのに・・・

今朝の日経新聞に載っていたんですが、東京銀座にある歌舞伎専門劇場【歌舞伎座】の建て替えを決めたそうです。

詳しくはこちら
   → 
松竹、歌舞伎座を建て替え(日経新聞)

この建物は1950年末に建てられたというから、現在たったの築後55年。
設計者は近代日本建築界の巨匠・吉田五十八(いそや)氏。
2002年に登録文化財指定を受けたばかり。

木造でしっかりしたものを建てておけば、最低あと200年くらいは使えただろうに・・・。
実はこんな話、これからワンサカ出てきますよ。

なぜなら、戦後日本の高度成長期に建てられた、多くの(当時は)最新鋭だった建築のほとんどは鉄筋コンクリート造や鉄骨造で、その寿命は50年前後だからです。

 

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風力発電機一機で、いったいどのくらいの電力がまかなえるのか?

『風力発電で、いったいどのくらいの電力がまかなえるのか?』

あなたはご存知ですか?

以前にも紹介したことのある、京都府の丹後半島にある太鼓山(たいこやま)風力発電所の写真です。
上の写真をクリックして拡大写真を表示してもらうとわかりますが、風車の足元に人間が写っています。
この風車の柱の高さは30m、羽根一本あたりの長さは25mだそうです。

この風車が回ると、

「ブルン ブルン ぶるん ぶるん ブルン ブルン・・・」

という音がします。

さて、あなたはコレ一機でいったいどのくらいの電力がまかなえると思いますか?
ちょっと雲をつかむような話になってもイヤなので、普通の家庭何世帯分がまかなえるか?という基準で考えてみてください。

(↓下に正解を書いてあります。)

いらっしゃいませ!

ここまでスクロールしてくれたってことは、あなたもやっぱり、正解知りたいですよね?(笑)

じゃあお教えします。
(って、別にそんな勿体つけるようなデータでもありませんが・・・)

コレ一機で、約400世帯分の電気がまかなえるそうです。

つまり、もし大地震が起きて、山奥にある400世帯の集落が孤立してしまったとしても(←なにもそんなに苦しい状況作らなくても・・・って?)、

条件その1) 集落の中にこの風車が1機あって
条件その2) 集落内の全戸がオール電化住宅で (←チョットありえない)
条件その3) 村民が風車の音を気にしない♪

という条件が整えば、電気面に関しては何年でも何不自由なく生活が営める、という実力です。

風力発電の実力、結構すごいと思いませんか?

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ここの会社サイコー!

『風に吹かれて豆腐屋ジョニー』 
『男前豆腐』
『喧嘩上等やっこ野郎』


(↑)ご存知の方も多いと思いますが、これ、ぜ~んぶ豆腐の商品名です。
僕もテレビで見て(というのも、関西では京都にしか売っていないらしい)こういうオモシロイ商品があるということは知っていましたが、今朝、はじめてこの会社のホームページを見ました。



これが、メチャメチャ痛快で気持ちよくて、オモロイんですよ!



ぜひ見てください。
(↑)元気出ます。