投稿者「mokuzo_architect」のアーカイブ

がんばれ!

兵庫県西宮市に本部を置くNPO法人・アメニティ2000協会
すごい活動を計画しています。

六甲山にあるヴォーリズ設計の六甲山荘を、
ナショナルトラスト活動として2000万円で買取り、
保存・再生しようというものです。

僕も数年前にこの協会の活動に参加していましたが、
現在はすっかりごぶさたしています。
(清水さん、長瀬さん、すみません)



この計画、ハードルはとんでもなく高いと思うのですが、
「それでもやるぞ!」
と宣言してしまうところが素晴らしい。
感服しました。
がんばれ!
っていうか、僕も頑張ろうっと。

興味のある方は、ぜひこちらを見て下さい。

再読

安藤忠夫の本


 


 


 


 


 


年末年始に本を数冊読みました。
一番面白かったのは、東野圭吾の『手紙』だったのですが、
それはまた後日改めて書評を書くことにします。

今日はその中の1冊、安藤忠雄氏の『連戦連敗』について。



この本は2001年に発刊された本で、発売当時にすぐ買いました。
しかし、なんと絶妙なタイトルなんだろう・・・とつくづく感心します。

だって、安藤忠雄が『連戦連敗』ですよ?
そんなの、誰が見たって
「なんで?」
って思いませんか?

いやぁ、商売うまいなぁ、と感心しますね。
(↑感心するところがちゃうやろ!)

でも、内容を読むと、確かに・・・と納得しますが。



この本、僕は非常にいい本だと思います。
今回は再々読(つまり3回目)なのですが、学ぶ部分はいろいろありました。



実は、安藤さんのことをあまり良く言わない人は建築業界でも多いです。
でも僕は、彼を非常に高く評価しています。

彼の一般的な経歴を見ると、「独学で建築を学び・・・」といつも書かれていますが、実は彼は故・西澤文隆さんという建築家に付き添って日本の古建築をひたすら見学・実測していたそうです。
(↑当時同行していたという、僕の知人・Nさんから聴きました)

西澤さんという人は、主に現代建築を手がけられていましたが、木造建築にもものすごく造詣の深い方で、僕も一度でいいからお会いしてみたかった人です。
(↑実はうちの事務所のすぐ近所に、西澤さんの自邸があります。
  西澤さんは伊丹市民でしたから)



安藤さんの手法や考え方、寸法の使い方を見ると、古典に学んだ痕跡がよく現れています。

確かに、安藤さんの手がけた木造建築は、ちょっと・・・と思いますが(笑)、本質的に建築を捉える姿勢においては、当代随一ではないかと僕は勝手に思っています。

この本を読むと、安藤さんのバックボーンや考え方がよくわかり、興味深いです。
そして、これから自分が読むべき本や、見なくてはいけない建築のことなどもこの本はいろいろと教えてくれます。

もっと勉強しないと。

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謹賀新年

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。



昨日(1/2)実家から帰ってきて、たくさんの皆様からの年賀状を頂き、うれしく拝見しております。
送ってくださった皆様、どうもありがとうございました。

帰路、上野から東京駅へ向かう山の手線内で、京都の寺院の冬の特別公開のポスターを見かけたのでご紹介します。

公開時期は、2007年1/13(一部1/15)~3/18の間で、特別公開されるのは下記の11ヶ所です。

  大徳寺 真珠庵
       聚光院


  妙心寺 麟祥院
       玉鳳院
       龍泉菴


  東福寺 龍吟庵
       浴室
       東司


  東寺  五重塔
       観智院
       小子房

それぞれの見どころはこちらのページに紹介されていますので、興味のある方は参照なさってみてください。
僕もこの中から、大徳寺真珠庵、聚光院、東福寺龍吟庵、東寺五重塔・観智院には行ってみるつもりです。



なかでも一番楽しみなのが、東福寺龍吟庵方丈(国宝)です。
日本最古の方丈遺構の一つ(13世紀建立と言われている)と昭和の作庭家・重森三玲の枯山水がどのように対峙しているのか、考えるだけでワクワクします。

重森氏というとちょっと前のアクオスのCMでも使われていたように、岩を立てて使う荒々しい表現が有名です(←僕はあまり好きではないのですが)が、彼はなんと500軒もの寺院などの庭の実測をして自分なりの日本庭園スタイルを確立したそうです。
数年前に、ある勉強会で重森氏の自宅におじゃまして、ご子息(作庭家・重森千晴氏)のお話を聴く機会があったのですが、その時に上記の逸話を聞きました。

当時は、日本庭園というと茶庭のようなおとなしいものが巾を利かせていた(←今もそうですが)中で、室町以前の日本の庭の流れを汲んだ日本の庭とは?ということを自問自答しながら創作活動に向かわれたのでしょう。

伝統をしっかり学んだ上で自分なりのスタイルを確立された彼の姿勢に、僕は深い敬意の念を抱いています。


 


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あなたはどちらが好きですか?
30年後に「そろそろ建て替えようか・・・」と言われる家、と
「200年前のおじいちゃんが建てたの」と2206年に言ってもらえる家
 

今年も1年間、お世話になりました

いよいよあと数時間で2006年も幕を閉じようとしています。
僕は実家に帰って年賀状をまだ書きつづけています
(↑あかんやん)

250枚くらいは書き上げたので、その分はなんとか今日出せますが、一部(主に会社向け)の年賀状は年明けに出すことになりそうです。



昨日実家(茨城県つくば市)へ帰る道すがら、上野で国立博物館に立ち寄ろうと思い行ってみたら、当然のことながら休館でした。
残念。
長谷川等伯の屏風(国宝)を見たかったのですが・・・。
またの機会にします。

上野駅の前には東京文化会館(1961年竣工、設計者:前川國男)があるのですが、国立博物館に行くときにそれが目に飛び込んできて、思わず見入ってしまいました。
全てがコンクリート打ち放し仕上げで、デザインも細部までかなり気合が入っている建物なのですが、とにかくその施工精度が高いのに驚きました。
打ち放しのコンクリート面が非常にていねいに打設されていて、設計者の思いだけではなく、職人・現場監督者たちの高い意気込みをヒシヒシと感じました。

1960年代の高度成長期に建てられた建物ですから、
「世界に追いつけ!追い越せ」
といった風潮・当時の社会のエネルギーみたいなものが伝わってきました。
建築はこういう面でも時代を反映するものなんだなぁ、と思うと感慨深かったです。

こういうところも、写真では絶対にわからないんですよね。
やはり現場に行かないと伝わってこない。



さてさて、今年も1年間このブログをかわいがっていただき、本当にどうもありがとうございました。
ブログを通じた貴重な出会いもあり、いろんな方と意見交換ができたことは、運営者としてとても貴重な経験でした。

確かに書き続ける苦労というものはありますが、それ以上に喜びや成長の糧となる側面が自分にとっては大きいです。
これもひとえに訪れてくださるあなたがいるおかげです。
深く感謝いたします。



それではみなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。
来年もどうぞよろしくお願い致します。


2006.12.31
木造建築家・佐藤仁

クライアントから嬉しいコメントを頂きました

前回の記事(木割とデザイン 12/26)を書いたところ、それに対して今年の3月に竣工した小花の家(兵庫県川西市)のクライアント・I さんから、下記のようなコメントを送っていただいたので掲載します。
(I さん、どうもありがとうございました!)

ちなみに、I さんは現在大阪市内の高校で美術の教師をされていますが、大学で美術(彫刻だったと思います)を専攻された方です。
これまでに、毎年1回くらいのペースで展覧会を開催されているようです。
(以下、I さんのメールの転記)

――――――――――――――――――――――――――――――――
今朝、ブログを拝見いたしまして、コメントできることをみつけたので、ぜひ感想をお伝えしたいと思い挑戦してみたのですが、「本文が長すぎます」とのことでしたので、できませんでした。
ということで、メールでお伝えします。

すごい  !!!!!!!
脱帽です !!!!!!

「木割」のお話から、ギリシャ時代の建築では、円柱基底部の半径が神殿全体の形を規定するほどの絶対的な単位(「オーダー」というみたいです)であったことを思い出しました。

美術作品をつくる(現在休止中ですが・・・)僕にとっては、とても刺激的なお話でした。

(だいぶ語弊のある言い方ですが、勇気を持って書きます)
人間として、世紀も地域も越えて絶対的な美というものが存在するのではないか、ということを最近漠然と、でも強く感じはじめている僕ですが、形づくりを突き詰めていくと、どうしてもそれ以上動かし得ないところ・・・ひとつの究極へとアイディアが収束していく、というのが作り手にとっての事実だと思います。

実はそのあたり、佐藤さんのつくる家にもガツンと出ているように感じました。
(今さらながら、佐藤さんに家づくりをお願いできてうれしく思います)

「一つの究極へと収束させていく作業を、どれだけ感覚をとぎすませて、つきつめられるか」

僕もこだわりたいと思います。

もうひとつ、「素材の持つ強さ」

「ことば」が大きな題材である僕にとって、「素材の持つ強さ」という事実は、これ
から向き合うべき大きなテーマであると思います。

・素材は素材として、既にその存在自体が美しい
・そこに作り手の思いと手数がさらに込められて、新たな次元へと導かれる(形になる)

佐藤さんとは書き方は違いますが、作り手として、きっと僕も近い思いをもっていると感じています

作品において大きな位置を占める「素材」と「過程」、僕の作品が「素材」に依存
する在り方ではないとしたら、その目に見える「素材」「過程」の強さにまけないくらいの作品の「存在感」はどこからくるのか・・・難しいですが、いろんな物をみて、自分も作る中でじっくり考えたいと思います。

今回のブログ、「ガンバレ」と背中に後ろから力一杯にドーンと喝を入れられた感じです。ありがとうございました。

(以上、I さんのメールより転記)

――――――――――――――――――――――――――――――――

I さん、どうもありがとうございました。
このコメントはとっても嬉しかったです。
今後のご活躍、期待しています。

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木割(きわり)とデザイン

今回の記事はちょっと専門家向けなので、一般の方にはちょっと難しいかもしれません(すみません)。

木割(きわり)という言葉があります。

元々は、お寺などを建てる際に、タルキの断面寸法から、全ての部材寸法・割付寸法、柱間、高さなどを一定の割合に基づいて決めていくセオリーのことを言います。
(↑と、僕は理解しています)

建築のデザイン(特に木造では)を決定する際には、この木割という考え方がとても重要なのですが、これを他人に伝えるのは非常~~にムズカシイ・・・。

例えば住宅建築においては、民家風にする場合には木柄(きがら:各部材の断面寸法)を大きくして面取の巾を小さくします。
そうすると、カチッ!ガシッ!とした感じで重量感・安定感が出ます。

逆に、瀟洒な雰囲気が求められる数奇屋などでは木柄を少し小さくして、面の巾も少し大きくします。
すると、線がやさしい感じになり、華やかさ・柔らかさが出てきます。

そこまでは単純です。
しかしその一歩先の、しっかりした安定感を出しながら瀟洒な雰囲気を出す領域になると、そんな簡単な訳にはいきません。

さらには、材料の選択(杉にするか?桧にするか?松にするか?)、杢の選択(節の有無、柾目、追い柾、板目、中板目、等々・・・)によっても空間の質は変わってしまいます。

これを理解するためには、実物を見たり、実際に自分で実測したりすることで、何度も場数を踏んで自分自身の感覚を養っていくしかないのですが、そこには個人的な好みのばらつきを超越する、はっきりと収束するエリア(1点ではありません。エリアです)が必ずあります。

それって単なる好みの問題じゃないの?と言われそうですが、そうではありません。
なぜそう言い切れるのか?というと、多くの人がそこに美を感じ、共通して高く評価するものがあるからです。

だからそこにはきちんと裏打ちされたセオリーがあるのです。
実は木造建築のデザインというものは、この木割というセオリーに深く深く依存しています。

写真で観ると美しい建築だったのに、実際に現場に行ってみたらがっかりした、という経験をしたことはありませんか?
こういうケースでは木割がきちんとできていません。
(↑これは木造に限りません。RC造やS造でも同じです)

逆に、見た目には特に何の変哲も無い感じなのに、なんだか空間にスゴイ緊張感があって、とても雰囲気がいいという場合、木割にとても細やかな心配りがなされています。

でもそれを説明してくれ、と言われても説明できない。
(というか、説明してもきっと理解できないと思います)
なぜか?
わからない人にはデザインのセンスがないからだというわけでもありません。
それがわからない人には知識と経験が足りないからなのです。

木割を理解・習得するためには、一流の古典建築をひたすらたくさん見て、自分の手で実測して少しずつ少しずつ、時間をかけて寸法感覚と理論、材料に対する感覚を養っていくより他に方法がありません。
書物で勉強すればできるようになる、教えてもらえればできるようになる、というようなシロモノではないのです。
理論と経験が相まって身についていく類の能力です。
単なる美的センスだけの問題でもありません。
(↑もちろん、美的センスは必要ですが)

それともう一つ。
設計作業の中でCADを使うことは、この木割のセンスを身につける際の最大の敵だと言ってもいいと思います。

確かにCADはとても優れた設計ツールです。
しかし、感覚を養うという面では、圧倒的に不利です。
だから僕は今でも、迷った時には必ず原寸図を手書きで起こして検討します。
こういう考え方は時代に合っていないのでしょうが、そうやっていくことでしか伝えられないものがあるという事実に、いつも迷い、考えさせられます。

でも、実は考える必要なんてあまりなくて、単純に手書きで全ての図面を起こしていけばいいだけの話なんでしょうけどね、きっと(笑)。
一度は手放したA0版製図台を、近々もう一度事務所に招きいれようかなぁと考える今日この頃です。

なんだか今回はえらそうなことを書いてしまいましたが、こういうことを言う人がなかなかいないので、誰かが言わないといけないんじゃないかと思い、文章にしてみました。

僕は木割を全て理解している、というつもりで書いているわけではありません。
ただ、こういう理論が建築デザインの根底にある、そしてそれは表立って学校で教えてくれたりはしないけれど、デザインにおいてはもっとも重要な要素のひとつなんだということをお伝えしたかったのです。

 

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年賀状書かなきゃ・・・

今年も残すところ、あと1週間になってしまいました。
この時期、頭を悩ますのが年賀状ですよね。

僕は約250~300枚書くのですが、昨年から全て手書きでつくることにしています。
文面はもちろんですが、宛名も全て手書きです。

正直、大変です(笑)。
でも、郵便番号が7桁になったので宛名書きがすっごく楽になって助かっています。
本当は、7桁のあとに町名と番地だけ書けば着くんだろうと思って、一度やってみたいのですが、約300枚の年賀状があて先不明で全部返ってきたら泣きそうなので試していません。

(↑例えばうちの事務所は、伊丹市瑞ヶ丘3丁目27-2-106ですが、
伊丹市瑞ヶ丘=〒664-0017なので、
664-0017 3-27-2-106 とだけ書けば着く?
もしそうだとしたらメチャメチャ楽♪
今は、〒664-0017 瑞ヶ丘3丁目27-2-106 と書いて送っています)

文面には毛筆で来年の自分の抱負を大きく書いて、一言ずつ相手に対するメッセージを添えるのですが、この来年の抱負がまだ決まっていません。
ぼんやりしたイメージはあるのですが、それがまだ言葉になっていないのです。
(↑オイオイ、ホンマに間に合うんか?)

まだ今年中にやらなきゃいけない仕事も残っているし、年賀状パソコンで作ってしまえば簡単なんですが、それではもらった人が面白くないし、印象にも残らないでしょう?
だから意地でも手書きで頑張ります。
どうぞお楽しみに。

ちなみに今年の年賀状はこんな感じでした(↓)

こうやって年初に自分の抱負をたくさんの人に宣言してしまうと、常に(1年中)自分の頭からこのことが離れないので、僕のような自堕落な人間にはなかなか有効です(笑)。
でも、こんなことは1年やそこらで完全に達成できるものではないですね。
昨年に比べればかなり改善したと思いますが、まだまだです。

地縄(じなわ)張り

ここ最近、2件の新築現場で地縄張りをしました。
1件は西宮市、もう1件は神戸市で、いずれも現在更地の状態です。
どちらも来年2月ごろ着工予定の現場です。

地縄というのは、建物を建てる予定の位置に、短い杭を打ってそこに紐を巡らせることを言います。
建物の大きさを実際に現場の地面に描くこと、と言った方がわかりやすいかもしれませんね。

この地縄張りをすると、いろんなことが見えてきます。
陽当たりの具合、庭の広さ、建物と隣地との関係、部屋の大きさ、部屋の中から見える眺望、などなど。
正直なところ、僕ら建築のプロでも、地縄張りをして初めて気付くことがたくさんあります。
設計を固める前にこの作業をやっておくと、実際のイメージが湧いて
「こんなはずじゃなかったのに・・・」
ということが発生するリスクを減らせます。

僕は元々工務店出身なのでよその設計事務所のやり方はあまりよく知りませんが、地縄を張るのは、大抵着工直前(設計が一通り全て終わった段階)というケースが多いように思います。
(もしくは、地縄を張らないこともありますが)
少なくとも、僕が在籍していた工務店ではそうでした。

でも、この地縄張りはできるだけ早い段階で一度やっておくと、後で大変スムーズに物事が運びます。
あなたがもしこれから家を建てようとされている場合は、工事をやってくださる工務店や設計の方に、
「現場に地縄を張ってみていただきたいのですが・・・」
と平面プランが決まった段階でお願いしてみるといいかもしれません。

註:地縄張りをお願いするのは、平面プランが決まってからにしてくださいね。
  でないと、あまり早すぎる時期にやっても無駄手間になるだけですから。

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やっと読みました

数年前からずっと「読みたい!」と思っていた本を、やっと読み終えました。
それは新月伐採に関する本で、オーストリア人のエルヴィン・トーマ著『木とつきあう智恵』です。

to-ma

この本の中で著者は、木を伐採する日(正確には、その時の月の満ち欠けの状態と季節)が伐採・製材後の木材の性能に大きな影響を及ぼす、ということについて書いています。
自然のリズムに沿った時に木を伐採し、時間をかけて自然な方法で木材をゆっくり乾燥させてから製品化し、木がきちんと呼吸できるような状態で使うということの大切さと、その驚くべき効用についてまとめています。

建築の専門家ではない、一般の方にも理解しやすいような平易な表現で書かれている本ですので、興味がある方にはお薦めです。

先月末に、伊勢で職人がつくる木の家ネットワークというグループの総会があって僕も参加してきました。
(僕もこのグループのメンバーに加えていただくべく、現在審査手続き中です)

この時、静岡県浜松市の石川木材さんが比較実験された、新月伐採材のサンプルを見せていただくことができました。
とても興味深かったのでその時に撮った写真をご紹介します。
(註:この実験を行ったのは僕ではなく石川木材さんです)

下の写真は、満月の時に伐採した木(左)と、新月の時に伐採した木(右)とをほぼ同じ日数だけ葉枯らし乾燥させ、杭状に加工して土の中に埋めて放っておいた結果です。

左の木の根元はシロアリに喰われてしまってボロボロですが、右の木(新月伐採)は何ともありません。
※ぜひ画像をクリックして拡大してご覧下さい。

新月材実験-2

下の写真も、伐採する時期が違う2本の木を放置してカビの入り具合を比較したものです。
左の木にはカビが入って青黒くなり割れも入っていますが、右の木には全くカビが入っていませんし、割れもありません。

新月材実験-1

新月伐採は、まだまだ科学的にはきちんと証明しきれていない部分がかなり多いようですが、日本でも林業家が昔は同じことを実践していたようです。
昔の人は、やはり自然に逆らわずに生きる能力に長けていたんでしょうね。
脱帽です。

と、ここまで書いて思い出しましたが、うちの息子(4歳)は新月の日に生まれてきました。
僕は気付かなかったのですが、僕の母親が「新月だよ」とおしえてくれました。
彼も何か影響を受けているのかも? 

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12/11に掲載した問題の正解は・・・

12/11に投稿した問題の正解を追記しました。
詳しくはこちらをご覧下さい。

コメントを書き込んでくださったみなさん、どうもありがとうございました。
すごくうれしかったです。

コメント書き込みが一件も届かなかったらどうしよう・・・とか考えると、
実はちょっと不安だったのです(笑)。
またいたずら心を起こしてこんなことをやるかもしれませんが、そのときはどうぞよろしくお付き合い下さい。

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